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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)11463号 判決

本訴原告(反訴被告) 越田商工株式会社

本訴被告(反訴原告) 塚本商事機械株式会社

主文

本訴被告(反訴原告)は本訴原告(反訴被告)に対し、百四十五万九千四百九十円の金員、並びに百四十九万九千九百六十六円、百四十八万六千四百七十四円、百四十七万二千九百八十二円に対する各一日についての、また百四十五万九千四百九十円に対する昭和二十七年三月十九日以降その完済に至る迄についての年六分の割合による金員を支払え。

本訴原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。

反訴原告(本訴被告)の請求を棄却する。

訴訟費用は本訴、反訴を通じこれを六分し、その一を本訴原告(反訴被告)、その五を本訴被告(反訴原告)の負担とする。

この判決は第一項に関する限り、本訴原告(反訴被告)において金五十万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

本訴原告(反訴被告。以下単に原告という)は、本訴につき、「本訴被告(反訴原告。以下単に被告という)は原告に対し、金百九十八万四千円、並びにこれに対する昭和二十七年三月十六日以降完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、及び担保を条件とする仮執行の宣言を、反訴につき、「被告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、本訴請求の原因並びに反訴に対する答弁として、

「一、原告は内燃機関用部品、発動発電機の製造販売を業とし、被告は各種機関の販売を業とする株式会社である。

二、昭和二十六年八月九日、原、被告間に、千葉県印旛沼干拓事務所向けの左記物件につき、左記内容の請負契約が締結された。

(1)  発注者被告

(2)  受注者原告

(3)  契約の目的 二十二号十型機関共通台盤 大小各一個、並びにクラツチ(勢車付)の製作(但し材料一切原告持ち)

(4)  請負代金額 三百四十八万四千円

この支払は、うち金百五十万円は契約成立と同時、残金は製品引渡と同時

(5)  製品の引渡時期及び場所

昭和二十六年十二月十日完成の上、製作工場裸渡

三、被告は原告に対し、右契約と同時に百五十万円を支払つた。

原告は、契約後、被告了解の下に、本件契約物件の製作を東日本重工業株式会社横浜造船所、並びに株式会社サクシヨン瓦斯機関製作所に下請けさせた。ところが、当時は電気事情が全国的に悪化していた頃であつて、このため本件契約物件の製作に甚大な影響を蒙り、期限迄に完成するに至らず、二十二号十型機関共通台盤大は昭和二十六年十二月十七日、同小は昭和二十七年一月二十四日、クラツチ並びに勢車は同年二月八日、それぞれ納入を終えた。

四、被告は、原告の右の如き製品引渡に際し何らの異議をとどめず受領したので、原告は昭和二十七年二月八日、契約に基いて残代金百九十八万四千円の支払を被告に対し求めたところ、被告は、同年二月二十九日迄に五十万円、同年三月十五日迄に残額百四十八万四千円を支払うからそれ迄猶予されたい旨申し出た。原告はこれを了承したが、被告は右期日に至るも履行をなさない。

よつて、原告は右に掲げた本件契約の残代金、並びにその最終の弁済期である昭和二十七年三月十六日以降完済に至る迄の商事法定利率による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。」と述べ、

被告の相殺の抗弁及び反訴に対する答弁として、

「本件契約が被告主張の如き下請負であることは認める。

被告は、原告に対し損害賠償債権を有するというが、これは全く根拠を欠く。すなわち、第一に、原告が契約物件の納入を遅延したのは、当時の電力事情に基くものであつて、原告の責に帰せらるべきものではない。第二に、被告が農地事務局からその主張の如き工事遅滞金を徴収された事実があつたとしても、これは原告が本件契約物件を納入したのちのことであつて、原告の納入遅延とは関係がない。またクラツチ台盤引取のため、被告がその主張の如くトラツクを差し向けたが、製品未完成であつた事実は認めるけれども、これは原告と十分な連絡をとらなかつたことに因るものである。第三に、本件契約物件に何ら製作上の瑕疵は存しない。本件の送泥施設の綜合工事の完成は、本件契約物件受渡後著るしく遅延を重ねているが、これは、被告の組立乃至運転技術の拙劣に因るものである。原告としては、契約物件の引渡によつて契約の目的たる仕事の完成を果したのであつて、その後、時に現場にのぞみ、また試運転にも立ち会つたのは、自己の信用と道義的責任に基くもので、それ以上の意味があるわけではない。」と述べ、

証拠として、甲第一、二号証を提出し、証人田子武志、中村徹治、増田宗三、小林順造の各証言を援用し、乙第五号証、第九号証の一乃至八について不知を以て答え、その余の乙号各証の成立を認めた。

被告は、本訴につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」反訴につき、「原告は被告に対し、金二百十八万千四百七十円、並びにこれに対する昭和二十九年以降完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本訴請求に対する答弁、並びに抗弁及び反訴請求の原因として、

「一、原告の主張事実中、原被告の営業関係、本件契約の内容(但し、製品引渡期日は昭和二十六年十月二十三日である)、契約代金のうち百五十万円の支払が終つていること、契約物件納入済の時期、及び昭和二十七年二月八日被告が残代金の支払を約したこと、に関する部分はいずれも認める。また原告が被告了解の下に契約物件の製作を東日本重工業株式会社に下請させたことは認めるが、株式会社サクシヨン瓦斯機関製作所に下請させたことについても了解を与えていたとの点、及び契約物件の納入が期日に完成しなかつたのは電気事情に基くとの点は、いずれも否認する。

二、本件契約は、被告が昭和二十六年七月六日農林省東京農地事務局(農地事務局と略称する)との間に締結した(千葉県印旛沼、手賀沼干拓建設事業検見川地先送泥施設用サンドポンプ及びヂーゼルエンジン製作請負契約」(元請負と略称する)の一部下請としてなされたものである。すなわち、被告の元請負は、検見川地先の送泥施設用「サンドポンプ」及びこれを発動させるための「二十二号十型ヂーゼルエンジン」の製作並びにこれに附帯する据付工事がその主要な内容であり、このうち附属工事たる「内燃機関の共通台盤大小各一個、勢車付フリクシヨンクラツチ一個」の製作が被告より原告に下請させられたものである。

三、本件契約代金は、昭和二十六年三月頃原被告間において三百三万四千円と内定していたので、被告は農地事務局に対し元請負工事の見積価格を三百二十九万円と申し出ていたが、元請負契約の締結が遅れ、昭和二十六年七月六日に至り右見積価格で正式に契約が締結された。然るに、原告はこれより前、この元請負契約が漸く締結の見通がつくに至つた七月二日、突然前記三百三万四千円の契約代金を一躍四十五万値増をした三百四十八万四千円とすることを要求してきた。被告としては、農地事務局との正式契約締結寸前のこととて、この強要に応諾せざるをえない立場に追いこまれ、やむなくこれを了承したのであるが、一方同局に対しては今更見積価格改訂の交渉をなす暇もなく、結局、当初の見積価格を契約代金とする元請負契約を締結しなければならぬ羽目に陥つた。かくして、原告は、被告の窮境を利用し、値増価格四十五万円を被告の損失において獲得しようとしているものである。従つて、原告の請求中四十五万円については、法律上の原因を欠く不当利得であつて、これに対し被告が応じなければならぬ理由はない。

四、本件契約物件の被告への納入時期は昭和二十六年十月二十三日であり、その製作が完了した後の工程は、被告と農地事務局との間において、

同月二十七日迄に 検見川施設現場輸送

十一月五日迄に 台盤の据付

十一月十三日迄に クラツチ、勢車の据付

十一月二十五日迄に 全機関綜合試運転

と予定されていた。そして、本件契約の台盤は主要機関たる内燃機関並びにサンドポンプの土台となるものであり、クラツチ、勢車は内燃機関とサンドポンプを連結し、両者の運転の基軸となるものであるため、これら本件契約物件の製作が完了しない限り他の主要機関が完成してもその据付工事に取りかかることができないものである。しかも、元請負については農地事務局において工事の完成を急いでいた関係上、被告も本件契約に際しとくにその納期を重要視し、原告に厳守方を要求していたものである。然るに、主要機関たる内燃機関及びサンドポンプ等は、他の下請会社において予定通り完成し、検見川施設現場に輸送到着したにも拘らず、本件契約物件のみは、原告において遅滞したため、被告は前記工程通り実施することができず、元請負工事はここに一頓挫を来した。

更に、原告はその後被告の再三にわたる督促によつて原告主張の日に本件契約物件の納入をなしたので、被告も漸く主要機関据付工事に着手し部分的試験を開始したのであるが、原告の納入した本件契約物件には、次項(ニ)乃至(チ)の如き重大な技術的瑕疵のあることが発見された。よつて、被告は原告に対し、これらの瑕疵の修補をたびたび請求したけれども、原告はこれに応じる態度を示さなかつた。被告はやむなく自らの費用で瑕疵修補にあたつたが、このため、被告の元請負は更に遅延するに至り、綜合試運転を見たのは、実に昭和二十七年三月十八日のことである。

五、以上のような次第で、本件契約については、原告は納期遅滞に加えて、瑕疵ある物件の給付をなし、これによつて被告に対し多大の損失を与えている。詳細は左の如くである。

(イ) 五十六万二千百四十円

原告の本件契約物件完成の遅滞を原因として、被告が元請負の請負人として、その注文者たる農地事務局から徴収された昭和二十七年二月十八日より同年三月十八日に至る迄三十日間の工事遅滞金(この工事遅滞金は、元来は全遅滞期間に課せらるべきものであつたが、被告は農地事務局に対し極力工事完成時期の延期承認を求めたため、右三十日間の徴収日数に短縮することを得たもので、この期間は原告が本件契約物件を納入した後のことではあるが、その遅滞期間も原告の履行遅滞に基いて生じたことは明らかである。)

(ロ) 三千五百円

原告の指示に基きクラツチ台盤引取のため、被告においてトラツクを指定工場たるサクシヨン瓦斯機関製作所へ差し向けたが、製品不完成のため徒労に帰した。そのトラツク代。

(ハ) 二万八千五百円

台盤持込遅延のため、先着の内燃機関の分解作業、再組立工事、並びにこのために要した台盤の特殊持込作業費用(所謂横取二重手間代)。

(ニ) 三万二千五百円

台盤補修費(モーター台取付補修、ベツト油孔及びパイプ補修、クラツチ台盤補修、共通台盤補修加工、マンホールカバー製作及びカバー用パツキング代、リーマーボールド加工)

(ホ) 二万六千六百八十円

クラツチ台盤補強工事費

(ヘ) 一万三千二百五十円

ポンプ台盤ライナー工事費

(ト) 六万円

クラツチ分解補修のため佐世保船舶会社指導員現場待費用(二人十日間の宿泊滞在費)

(チ) 五万円

小台盤寸法不良のためポンプメタル廻り分解組立費

(リ) 二十七万円

原告に対する納入督促並びに修補請求のため、昭和二十六年十二月一日より同二十七年三月十八日に至る延百八日間の被告会社員出張費用(一日一人二千五百円の割)

(ヌ) 十三万三千九百四円

原告の納期遅滞並びに瑕疵修補に因る工事遅延のため、被告の元請負残代金四百九十三万七千九百八十四円中、二百四十八万八千円が昭和二十七年三月二十九日から同年十月二十日迄二百七十日支払を停止されたことによつて被告の蒙つた金利損害(日歩二銭六厘の割)。

(ル) 百万円

原告の遅滞のため被告が農地事務局に対する信用を失墜し、同局関係の請負資格を喪失したことによる損害。

以上合計二百十八万一千四百七十四円

よつて、被告は、原告の本訴請求にかかる代金債権が存在するものであるならば、これに対し右に掲げた損害賠償債権を以て対当額において相殺を主張すると共に、反訴としてこの賠償額の支払を求める。」と述べ、

証拠として、乙第一乃至第三号証、第四号証の一、二、第五号証、第六号証の一乃至八、第七号証の一、二、第八号証、第九号証の一乃至八を提出し、証人山崎好文、竹友忠夫、菅谷忠男、毛利基宏、田子武志、石榑作楽、小林順造の各証言を援用し、甲第一、第二号証については不知を以て答えた。

理由

一、原告は内燃機関用部品等の製造販売を業とし、被告は各種機関の販売を業とする株式会社であること、被告は昭和二十六年七月六日、農林省東京農地事務局との間に、その主張の如き「千葉県印幡沼、手賀沼干拓建設事業検見川地先送泥施設用サンドポンプ及びヂーゼルエンジン製作請負契約」を締結し、その一部下請として、原告をして昭和二十六年八月九日、二十二号十型機関共通台盤大小各一個、クラツチ(勢車付)の製作(但し材料一切原告持ち)を代金三百四十八万四千円、この支払は、うち金百五十万円を契約と同時、残金は製品引渡と同時とする約で請負わせたこと、右百五十万円は約束通りの支払がなされたこと、被告は本件契約物件のうち、二十二号十型内燃機関共通台盤大を昭和二十六年十二月十七日、同小を同二十七年一月二十四日、クラツチ並びに勢車を同年二月八日それぞれ被告に製作供給したこと、右最終の製品受渡日にあたる二月八日、被告は原告に対し請負残代金百九十八万四千円の支払につき、うち五十万円は同月二十九日迄に、残額百四十八万四千円は同年三月十五日迄に、それぞれ猶予方を要請したので、原告もこれを了承したこと、については当事者間に争がない。従つて、原告は本訴において主張する如き内容の債権を被告に対して有するものである。

二、被告は、これに対し、原告の請求する金額のうち、四十五万円は法律上の原因を欠く、というが、被告において、一たん本件契約代金額を協定したものである以上、そこに至る迄の経過がとくに自由な意思に基かないわけではなく、単に被告主張の如きものであつたというだけでは、右代金額の支払を拒むわけにゆかないことはまことに明瞭である。

三、次に、被告の相殺の抗弁について判断する。

(1)  履行遅滞による損害について、

成立に争がない乙第四号証の一、二によれば、本件契約物件の納期(引渡時期)は、当初昭和二十六年十月二十三日と定められていたものと認められ、引渡場所は製作工場裸渡の約であつたことは当事者間に争がない。然るに、原告は右契約の期限を遵守できず、前認定の如き時期に製品の納入をなしたのであるから、履行遅滞の責を負うものといわなければならない。(原告は、製品の納期は昭和二十六年十二月十日というが、これを認めるに足る証拠はない。尤も、右十月二十三日以降、原被告間に納期に関する交渉が行われていることは、成立に争がない乙第六号証の一乃至五によつてうかがわれるところであるが、これは現実に契約物件の受渡をなす時期を明らかにするための交渉で、原告の履行遅滞の責任を阻却する意味での納期の延期に関するものではない。)原告は、この遅滞は当時の電力事情に基くものと主張する。しかし、証人中村徹治、増田宗三、山崎好文、竹友忠夫の各証言、並びに成立に争がない乙第六号証の一、三、四に照せば、当時電力事情は悪化していたとはいえ、そのことが、原告において更に本件契約物件の製作を請負わせた東日本重工業株式会社横浜造船所及び株式会社サクレヨン瓦斯機関製作所において、本件契約物件を完成することについて全く抗し難い状況を与えていたわけではなく、従つて、原告の納期遅延がその責に帰すべからざる事由によるものとなすことはできない。この認定を阻みうる資料は見当らない。

そこで、この遅滞によつて被告に生じた損害を考える。成立に争がない乙第一号証、第五号証、第七号証の一、二、第八号証、証人田子武志、山崎好文、竹友忠夫、毛利基宏、管谷忠男、中村徹治、増田宗三、石榑作楽の各証言、証人菅谷忠男の証言によつてその成立は真正と認むべき乙第九号証の一、四を綜合すれば、以下のように判定すべきである。

被告は農地事務局との間でその主張の如き元請負工事の工程を予め取り決めておつたこと、被告は、原告より本件契約物件の納入を受けたのち、昭和二十七年三月十八日頃元請負契約に基く第一回の綜合試運転を行つたが、結局農地事務局に対する正式の製品納入は当初の約定期限を遅れ、同年五月頃となつたこと、被告はこのため、少くとも被告主張の如き昭和二十六年十二月一日以降第一回の綜合試運転の日に至る迄の期間、被告社員一名を工事現場に常駐させておくことを余儀なくされたこと、被告はそれまでに先ず同年一月二十日迄、ついで同年三月二十日迄工事延期の承認を得ていたが、この承認は被告の納入遅滞による責任を排除するものでなかつたため、昭和二十七年十月二十三日附で、当初の元請負契約で定めた「被告が納入期限に遅れたときは、農地事務局は期限の翌日から納入当日迄一日につき契約価格の千分の一に相当する金額を被告より徴収する」という約に基く工事遅滞金として五十六万二千百四十円(契約価格千八百三十八万円についての昭和二十七年二月十八日より同年三月十八日に至る三十日間分の遅滞金)の徴収決定をうけ、その頃これを納付したこと、而して、被告が、農地事務局とした元請負契約の性質、内容、工程、殊に原告が本件契約物件の納期を遅滞すればそれだけ被告社員の現場駐在期間がのびる事情にあつたこと、また被告が前記の如き工事遅滞金を徴収されるべき事情にあつたことは、原告も本件契約を締結する当時より予め知悉しておつたか、少くとも予見可能の状態にあつたことも推測できるところである。従つて、かかる被告社員の駐在期間の伸長に伴う費用の増加や、遅滞金を徴収されることによつて蒙つた被告の損失に対し、原告は、自己の履行遅滞に原因するものとして、その賠償責任を負担すべきである。ただし、被告社員の駐在費用として通常必要とすべきものは、一日千五百円と認めるのを相当とする。しかも、原告が契約物件を納入したのち、被告においてこれを元請負の趣旨に基いて組み立て、整備するについて技術的に拙劣な点も介在し、このため第一回の綜合試運転の時期が更にのびるに至つたこともうかがわれるので、被告の前記の如き損失全額について原告の責任を問うのは妥当でなく、従つて、これらの点に関し被告の叙上のような損失拡大に対する過失を斟酌すれば、原告が被告に支払うべき賠償額は、前記の如き常駐費用の増加分(一日千五百円の百八日分)、及び徴収された遅滞金額(三十日分合計五十六万二千百四十円)のそれぞれの三分の二、すなわち、

〈a〉  十万八千円

及び

〈b〉  三十七万四千七百六十円

となすべきである。

次に、本件契約物件の製作納入が遅れたため、被告としては、元請負契約の趣旨に則り他の下請会社において製作の上予定通り納入されてきた内燃機関及びサンドポンプの据付が一時不可能となつたり、困難さを加えたりしたため、

〈c〉  二万八千五百円(内燃機関分解、特殊持込作業、再組立等費用)

〈d〉  一万三千二百五十円(ポンプ台盤ライナー工事費用)

を要したことが認められ、かかる損害の生ずべき事情も、原告の当然予見しうべかりしところに属すると考えられるから、右額の損害についても、原告は賠償義務を負担すべきである。(而して、この賠償債権は遅くとも昭和二十七年三月十五日迄に成立していると認められる。)

なお、被告は、クラツチ台盤引取のためトラツクを差し向けたが、徒労に終つた失費として三千五百円を挙げ、その賠償をも主張するが、そのトラツクを差し向けた当日、原告がクラツチ台盤の引渡をとくに約したものであるかどうかは必ずしも明らかではないので、この主張は採用できない。

前に挙示した各証言の中には、以上の各認定と一部くいちがう部分が散見されないではないが、これらの部分は当裁判所の信用しないところである。

(2)  次に、請負契約にあつては、その目的物の製作、引渡がすんだのちにおいても、目的物の瑕疵修補義務が存するものであるところ、証人山崎好文、菅谷忠男、竹友忠夫の証言、並びにこれらによつてその成立は真正と認むべき乙第九号証の二乃至五に徴すれば、成程、被告の主張するような台盤補修費(三万二千五百円)ポンプメタル廻り分解組立費(五万円)、クラツチ台盤補強工事費(二万六千六百八十円)等を被告において支出した事実を知るに足りるが、一方証人田子武志、中村徹治、増田宗三、毛利基宏の証言をも併せて考えると、これらの支出も、設計のそご、組立不良等、被告の責任に属すると見られる点も存し、結局被告の全立証に照してみても、本件契約物件に瑕疵があつたことは明確にすることはできない。従つて、原告が契約物件の瑕疵を理由に主張する前記の如き台盤補修費、ポンプメタル廻り分解組立費、クラツチ台磐補強工事費、及びクラツチ分解補修のため佐世保船舶会社指導員現場待費用(六万円)に関する賠償要求は採用できないものといわなければならない。

(3)  次に、被告は、原告の納期遅滞並びに瑕疵修補による工事遅延のため、被告が昭和二十七年三月二十九日から同年十月二十日迄元請負残代金の支払を受け得なかつたことに基く金利の賠償を主張する。しかし、原告に契約物件の修補義務が存するものとは認めえないことは前述の通りである。原告は納期遅滞をおかしたけれども、すでに契約物件を納入し、かつ綜合試運転も終えた上、その時期以後において被告が元請負残代金の支払を受けえなかつたことは、原告の遅滞の結果ではなく被告自らの責に帰すべきものか、或いは異常の損害と目すべきものである。

また、被告は、本件に関する工事遅延のため、爾後農地事務局関係の請負資格を喪失したとも主張する。しかし、そのような事態が惹起されたとしても、これも異常の損害というほかない。いずれも、原告の賠償責任の範囲を超えるものである。

従つて、被告が原告に対して有する損害賠償債権は、被告主張にかかるもののうち、本件契約の履行遅滞を原因とする前記〈a〉〈b〉〈c〉〈d〉の合計五十二万四千五百十円となり、その余は認めえないこととなる。而して、右債権は冒頭認定の如き内容の原告から被告に対する請負残代金債権と相殺適状にある(その時期については後述)ものであるから、その対当額について被告の相殺の抗弁は理由がある。

四、被告は、反訴として、なお二百十八万千四百七十円の賠償債権の支払を請求する。しかし、その主張額のうち、五十二万四千五百十円を超える分の存在せざることは前認定の通りである。一方五十二万四千五百十円の損害賠償債権は、被告が原告に対して請求しうべきものであること前認定の通りであるけれども、しかし、これは本訴において認容された相殺の抗弁の自働債権に該当する。然るに、一般に、被告が本訴において相殺を以て、対抗している債権(自動債権)を反訴においても請求している場合、本訴につき相殺の抗弁が理由ありと認められれば、右自働債権は、いわゆる対当額の範囲につき、存在し、かつ相殺によつて爾後不存在に帰していることが既判力を以て確定されうる状態となるのであるから、本訴、反訴の合一確定の性質上、反訴請求は右範囲内においては、もはや請求すべき理由を失うに至ると解すべきである。従つて、被告の本件反訴請求は、右二つの根拠を以てすべて棄却を免れない。

五、以上を綜合すれば、原告は本件請負契約に基く残代金債権百九十八万四千円を被告に対し有するものであるが、被告は、原告に対して有する反対債権を以て相殺すると主張し、そのうち右契約の履行遅滞を原因とする五十二万四千五百十円に関しては、相殺の抗弁は理由ありと認められるので、結局原告の右契約残代金の請求は百四十五万九千四百九十円についてこれを認容すべきことになる。而して、相殺の効力は相殺適状の時に遡るものであるところ、被告の賠償債権の成立時期は、前記〈a〉のうち十万五千円(昭和二十六年十二月一日から同二十七年三月十五日迄の常駐費用に関するもの)、〈b〉のうち三十三万七千二百八十四円(昭和二十七年二月十八日から同年三月十五日迄の遅滞金に関するもの)〈c〉及び〈d〉の合計四十八万四千三十四円は、原告において本件契約代金の最終の弁済期と主張する昭和二十七年三月十五日迄に成立しているものであるが、その余の四万四百七十六円は同年三月十六日以降同月十八日迄に毎日一万三千四百九十二円ずつ(〈a〉に関し千円、〈b〉に関し一万二千四百九十二円)成立し遂次相殺適状となつたこととなるので、この点を考慮すれば、被告は原告に対し、百四十九万九千九百六十六円に対する同年三月十六日の、百四十八万六千四百七十四円に対する同月十七日の、百四十七万二千九百八十二円に対する同月十八日の、百四十五万九千四百九十円に対する同月十九日以降その完済に至る迄の、遅延損害金(原告請求の本件契約代金は商行為によるものである故、その額は商事法定利率による)を支払う義務がある。

よつて、原告の請求中、右に掲げる部分について認容し、その余の部分、並びに被告の反訴請求を棄却することとなし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条、第九十二条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用の上、主文の通り判決する。

(裁判官 藤井経雄 西塚静子 萩原太郎)

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